あらいのじかん〜神社と朱印、ときどき猫と自転車〜

アクセスカウンタ

zoom RSS 能見神明宮(愛知県岡崎市)

<<   作成日時 : 2008/04/14 00:43   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 2

龍城神社のある岡崎城から北へ1kmほど、伊賀八幡宮の一の鳥居のちょと南を西へ入ったあたりに、能見神明宮は鎮座しています。

画像
岡崎城公園北の道をまっすぐ行くと、ここへ出ることができます。ちょっと裏道でわかりにくいかも。

画像
境内には木々が少なく、境内の左右には倉庫が数十軒建っています。どうも神明宮大祭で練り出す八台の山車などが納められているようです。普段は殺風景な境内ですが、祭りの日にすべての倉庫が開けられると思うと、これはこれでいいものかなと。

神社名:能見神明宮
鎮座地:愛知県岡崎市元能見町42-1
御祭神:皇大神宮(天照大神)、豊受大神宮(豊受姫命)、須佐之男命、五十猛命、市杵島姫命
創建:鎌倉時代。天正十八年(1590年)現地へ遷座。
神紋:五三桐
例祭:5月第二日曜日とその前後日

【由緒】
 神明宮がいつからこの地にまつられるようになったかは定かではありませんが、大正年間に発行された旧『岡崎市史』には「伝承によると、もと材木町字久後(現在の一丁目三番地)にあった稲前神社を、天正十八年(1590)、田中吉政が岡崎城主になって城地拡大に伴いこの地に移転再興したもの」と書かれています。
(中略)
 祭神は皇大神宮(天照大神)、豊受大神宮(豊受姫命)、須佐之男命、五十猛命、市杵島姫命の五座です。

 なお、旧市史には『参河名勝志』から引用した次のような伝承も書かれています。

「神明宮 西能見村に在り 神領三石
 昔日、源頼義公の家臣に嵩地源太夫広長という者あり、能見の郷を開き一神祠を建立すと云う、其後加藤新蔵、鈴木市蔵、近藤九兵衛なる者は皆、村中累代の旧家なれば、相共に評議して御神体を改め、神明を勧請せしとぞ、承久の頃(1220年頃)は星野判官額田郡の知たり・・・(後略)・・・」

 この外、『社寺旧記』や『能見村根元之事』には、鎌倉時代の源頼家の代に疫病封じのため、能見村の加藤新蔵、鈴木市蔵らが神明を勧請したという由来が伝えられています。
能見神明宮HPより転載>

三河は代々源氏が守護職を務めており、源頼朝の叔父や従兄弟が滝山寺住職を務めるなどしていたので、それらのつながりで建てられたのかもしれない。

春に行われる能見神明宮大祭は、夏の菅生神社、秋の岡崎天満宮とともに岡崎三大祭と呼ばれているという。三大祭って神明宮の山車、菅生神社の花火、龍城神社の岡崎まつりだと思ってました。地元の友人がそう言ってたし・・・。
神明宮大祭については、公式HPのほうにも画像付きで詳しく紹介されていますのでどうぞ。

画像
能見神明宮御朱印。
岡崎周辺の桜や神社めぐりをしている最中にこちらの神社をたまたま通りがかり、挨拶しに入るとたまたま神社の方が掃除に出ておられて、御朱印を頂けるとのことでお願いしました。
神社のおばさまに、ちょっと待っててね〜これでも飲んでて〜と缶コーヒーを頂き、朱印帳を受け取るときには、今年のはまだ印刷してないから〜と去年の神明宮大祭小冊子を頂きました。ありがとうございます。
帰宅してから小冊子を読むと、宮司さんのお名前が女性っぽい。もしかして宮司さんだったのかな。

画像
うぃーん。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
菅生神社(愛知県岡崎市)
岡崎城龍城神社のある岡崎公園の東、巴川をすこし遡ったところに、岡崎最古といわれる神社が鎮座しています。 ...続きを見る
あらいのじかん〜神社と朱印、ときどき猫と...
2008/04/16 02:10

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
宮司だよ。日差しが強い日は、麦わら帽子を被っています。
ノーネーム
2008/05/13 12:24
こんにちは。もう帽子を持って出掛けないといけない季節ですね。
普段はふつうの帽子ですけど、畑仕事のときは麦わら帽子がほしくなります。
新井
2008/06/08 19:32

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
能見神明宮(愛知県岡崎市) あらいのじかん〜神社と朱印、ときどき猫と自転車〜/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる