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zoom RSS 源九郎稲荷神社(奈良県大和郡山市)

<<   作成日時 : 2008/05/10 23:55   >>

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JR郡山駅から西へ、郡山城址へ行く途中にあります。ちょっとわかりにくい場所にあるためか、いくつか看板が立てられています。
訪れた日は大和郡山お城まつりの日で、春季大祭が近いこともあり、周辺のいたるところに幟が立てられていました。逆に迷いそうでしたけど。

県道108号沿いに見えるけど、参道はそここを一本中へ入った場所。

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神社全体が北向き。右隣には町名にもなっている洞泉寺。周辺は昔の花街だったそうです。

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神社は小さめ。本殿には地元の参拝者が詰めかけています。抽選券も持ってくると抽選で粗品が貰えた様子。昔の富籤感覚でしょうか。

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神社名:源九郎稲荷神社
鎮座地:奈良県大和郡山市洞泉寺町15
御祭神:宇迦之御魂神(保食社)
神紋:稲
春季大祭:4月第1日曜日午前10時
月次祭:毎月1日、15日

【由緒】
   大和源九郎稲荷神社の略縁起
 「童謡に『大和の大和の源九郎さん遊びましょう』というのは当社のことで、その名は広く世に伝わり神徳広大であります。いまその御徳を古書から抜粋いたしますと、
 一、当社の祭神は宇迦之御魂神(保食社ともいう)で、伊勢外宮・伏見稲荷大社の御主神と御同体であり、万民の生活上一日も欠く事のできない五穀豊饒・商売繁昌・家内安全・厄除開運・交通安全の守護神で、あまねく世人の崇敬する所であります。
 一、天智天皇の白鳳年間、平群の真鳥が叛逆を企て、帝位を奪おうとした時、大伴金道麿が逆賊誅伐の勅命を承わり天地神明を念じ、特に寛平稲荷(当社祭神のはじめの御名)を祈って出陣した。明神はたちまち武人と化し、数多の白狐を遣い、この大敵真鳥をち平らげたので天下は平静となった。(大伴真鳥実記14冊の中巻八)
   源九郎稲荷の名の由来
 千本桜の狐忠信というのは、この源九郎稲荷の化身である九郎判官義経は日頃深くこの明神を信仰し、神護により、しばしば奇異の戦功を著されたことは、人のよく知る所である。その奥羽に下られた時、訣別の徴として源九郎の名を贈られたというのが源九郎稲荷と称する所以である。(真鳥実記巻八、二十三丁)
  ○ 緋おどしをかたみにのこす源九郎(古句)
 一、天正年間、大和大納言豊臣秀長卿(秀吉の異母弟百二十万石)もまた深くこの神を崇敬し、郡山城築城の際、その守護神として、遠く吉野川のほとりよりこの地に移し給いて奉斉せられました。その後の城主・町民にも信仰厚く、盛大な祭典を執行し、献納の品々が多かった。(洞泉寺記録)
 一、元和元乙卯年四月二十七日夜、豊臣の家臣大野治房が数万の軍勢を率いて大和に入り、郡山城を攻撃した。時の城主、筒井定慶は籠城叶わず終に落城し、この時、巽の方に払炎龍が水を吐いたので兵火を免がれた。これは全く源九郎稲荷の加護によるものである。(洞泉寺縁起)
 一、幕末の郡山藩主、柳沢保申公にも常々御参詣せられ「保食社」の額を奉納して、御神徳に感応せられました。
 その尊崇の深く神徳景仰の大いなることが偲ばれ、日本三社稲荷の名称が冠せられている。
<大和郡山源九郎稲荷神社御由緒略記より転載>

日本三社稲荷?日本三大稲荷ってことでしょうか。色々な組み合わせがありますけど、源九郎判官義経に由緒を持つ当神社は人気もあったでしょうね。歌舞伎「義経千本桜」とかありますし。

こちらのHPには、源九郎稲荷神社が郡山へ遷し祀られた由緒が載せられています。で、気になった個所がありますので無断転載。

〜伝説〜
 天正十三年(1585)九月豊臣秀長は、郡山城に入った。彼は城の南に宝譽上人という高徳の僧がいると聞き、城内に招いて法説を聞いて感服し帰依した。上人はある夜、源九郎と名乗る白狐が白髪の老人の姿で現われ、郡山の南の御堂を建て、茶枳尼天を祀れば守護神になろうといったことを物語ったところ、秀長は上人に御堂を建ててやり、上人は三河挙母郡山霞渓山洞泉寺の寺号をここに移し、自ら源九郎茶枳尼天の像を刻み、境内の別の祠堂に安置して日夜勤行を怠らなかった。


三河挙母の洞泉寺?と検索すると、霞渓山洞泉寺が出てきた。同じ浄土宗で、こちらもフルネーム(?)は霞渓山洞泉寺と言うそうで、こちらから分かれたようですね。
場所は、毘森神社の近くですか。毘森神社も鈴木氏が吉野から奉じてきたと言われていますけど、考えすぎかな。

本殿の撮影はしていないのですが、こちらのサイトに本殿の画像が。やっぱり春日造っぽい。

神紋は、抱き稲の中に何か表現しずらい形が。○の中、中心に黒丸、○と黒丸の間に桜のような形が6つ頭を覗かせています。吉野桜?黒丸は大陽か?

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源九郎稲荷神社御朱印。あいにくの天気のせいか筆と墨と紙がうまく馴染まなかった様子で、宮司さんは「紙が良すぎてうまく書けない」と仰有られていました。
朱印帳全体も湿気で、へにゃってなってしまいました。

この日は大和郡山お城まつりで、当社から子ども時代行列・白狐お渡りが出る予定でしたが、雨天で中止に。残念です。

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