あらいのじかん〜神社と朱印、ときどき猫と自転車〜

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zoom RSS 江島神社辺津宮(神奈川県藤沢市)

<<   作成日時 : 2009/02/06 21:47   >>

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江ノ島キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
でも夜行で横浜下りてそのまま来たので朝早いッス。
駅前のマクドで時間つぶしてから行くッス。

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( ゚д゚)

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江ノ島までの橋を渡るよ!
竹島の八百富神社を思い出すよ!

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(;゚ Д゚)

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門前町はちょっとした坂道を上る感じ。

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あー射的やりたかったな。この前堂本と長瀬が遊んでた店。

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鳥居と、向こうには随心門。ここから本殿までは石段が続きます。

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しかし猫多いな。いいことだけど。

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神社名:江島神社
鎮座地:神奈川県藤沢市江の島2-3-8
御祭神:江島大神(奥津宮−多紀理比賣命、中津宮−市寸島比賣命、辺津宮−田寸津比賣命)
創建:欽明天皇13年(552年)
神紋:三つ鱗
社格:旧県社、別表神社
例大祭:4月最初の巳の日

【由緒】
 社伝によると、欽明天皇十三年(552年)に、「欽明天皇の御宇、神宣により詔して 宮を島南の竜穴に建てられ 一歳二度の祭祀この時に始まる」とあります。 これは、欽明天皇の勅命で、島の洞窟(岩屋)に神様を祀ったのが、江島神社の始まりであることが記されてます。欽明天皇は、聖徳太子よりも少し前の時代の天皇で、 この頃、日本では仏教が公伝され、日本固有の神道と外来の仏教が共に大事にされていました。
 江島神社は、当時は、海運、漁業、交通の守護神として祀られ、 御窟(おんいわや)を本宮といい、奥津宮を本宮御旅所、中津宮を上の宮、辺津宮を下の宮と呼んでいました。 その後、文武天皇4年(700年)に、役小角という修験者がこの御窟に参籠して神感を受け、 泰澄、道智、弘法、安然、日蓮などの名僧が、次々に行を練り、高い御神徳を仰いだと伝えられています。
 それから後、仏教との習合により江島は金亀山与願寺と号し、 源頼朝は鳥居を奉納し、北条時政は参籠し、龍の三つの鱗を授けられ、それを家紋としました。 また後宇多天皇は、蒙古軍を撃ち退けた御礼として、江島大明神の勅額を奉納されました。 このように朝廷及び、武将を始め、庶民の信仰も篤く、江戸時代には、江島弁財天への信仰が集まり、 江ノ島詣の人々で大変な賑わいを見せました。
 現在でも、境内各所の社蔵の浮世絵等で、当時の江島神社の様子を窺い知ることができます。 特に中津宮には、江戸堺町中村座、江戸新町中村座、江戸葦屋町市村座、江戸新肴場和泉甚左衛門等が奉納した石燈籠があり、 江ノ島入り口には数多くの寄進者達の名前を刻んだ青銅の鳥居(1821年建立)などがあります。
 神仏習合時代にも、江島大神としての御神威はいささか曇り給うことなく、 御神徳は、いよいよ広大に仰がれました。明治初年の神仏分離によって、仏式を全廃して純神道に復し、 改めて「江島神社」と号し、現在に至ります。
江島神社公式HPより無断転載】

島の南端には今も洞窟がありますね。そこまで行くのは結構大変なのですけど。
じつは竹島のような感覚で行って、相当疲労した覚えがあります。

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君が祓ってくれるのかい?

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江島神社御朱印。
七福神めぐりの弁財天もこちらで頂けます。

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辺津宮本殿左手の奉安殿。この中に弁財天さんが安置されています。有料。

写真が多くなったので、中津宮と奥津宮はまだ別項にて。

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