松本奎堂碑(愛知県刈谷市)

友人が「うちの家宝は天誅組総裁の書だよ」と言っていて、以前天誅組総裁松本奎堂の地元へ行ったことを思い出したので。

地図で見てもちょっと判りづらい、裏道にあるマンションの隣。

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昔は門があったのかな?それらしい跡が見えます。今は小さな公園っぽい。

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手水盤。公園に水があれば子供のおもちゃですよね。

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松本奎堂碑。逆光でよく見えない。

 松本奎堂は天保2年(1831)刈谷藩士松本印南の次男として生まれた。名は衡、字は士権、通称謙三郎といい、奎堂は号である。18歳の時、藩の演舞場で槍術の試合中左目を失明する。文久3年(1863)に挙兵した天誅組の総裁であった。
 明治32年9月、刈谷士族会によって、奎堂の旧屋敷跡に建てられたもので、碑文は旧仙台藩士で奎堂の旧友であった岡鹿門による。
  平成16年2月 刈谷市 刈谷市教育委員会


先日談山神社へ行ったら天誅組展をやっていた影響もあります。
実はよく知らない天誅組。
実は天狗党一同の墓地へも行ったことあったり。

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この記事へのコメント

もこりん
2008年12月05日 21:33
談山神社ですと!奈良で行かれたのね!そっちに興味がある
UPしてよ!!
トラコンは旅行用ね  ジモティーだからわからないわきっと!
ジモティーのケッタマシンはなあに??
あーーーおばさん発言!
2008年12月07日 20:20
談山神社前の串こんにゃく、おいしゅうございました。
うちのケッタはカゴ付きの実用的なタイプですが、8年乗っててもう維持する費用より新車買う方が安くつきそうで。
フレームは全く元気なだけに困りました。

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