名古屋晴明神社(愛知県名古屋市千種区)
2009年1月1日。市内をふらふらしていてたまたま近くまで来たので寄ってみた。
神社名:晴明神社
鎮座地:愛知県名古屋市千種区清明山1-6
御祭神:安倍晴明公
神紋:晴明桔梗
例祭:9月26日
【由緒】
御祭神晴明公は孝元帝の皇子大彦命の御後胤にして幼時より甚だ御賢明な方にて万の道に秀でられ、特に天文暦学の道に通達し神道自在の妙術を得られた。長ずるに及び及び天文陰陽博士として朱雀帝より六代の帝の側近に仕えられ数々の功績をたて給い、中にも村上帝の御代に進んで入唐し、城刑山にて伯道仙人の神伝を承け帰朝するや我国独特の陰陽道を確立され朝廷の祭政、民族生活の基範を定められた。今日我々が日常生活の基準とする年中行事、歴術、占法等、皆この時を創りとする。晴明御霊神として祀られるや、我国陰陽道の祖として広く世の崇敬を受けられ祈るに任せて皆々奇偉なる霊験に浴し、方除守護、火災守護、進学、開業、結婚、病気平癒等、疑いなきものなり。
晴明神社の起源
寛和2年(九八七年)晴明尾張国狩津荘上野邑に来住、長養寺乾街道北一丁余松樹五、六株あり。里人伝えていう「往古安倍晴明住居跡なり」と。晴明此処に在りし時当邑蝮蛇多きを見て加持して是を封ず。是より一村蝮蛇を見ず。然るにその後蝮蛇を見る事あり、寺に請い彼の跡に標木を立つ安永戌年七月(一七七八年、今から二百二十年前)晴明の神霊を勧進し密噴を修し、法楽をなし再び蝮蛇を見ずという云々。
之が当地晴明神社の起りであるが、現代に至るまでこの神社の霊験について数々の逸話が語り伝えられている。
☆晴明桔梗印
当社の神紋は俗に晴明桔梗ともいわれ、晴明公の創められた独特のもので陰陽道に用いられる祈祷呪符の一つである。
天地五行を象どり宇宙万物の除災清浄を表す。ギリシャ語でペンタグランマと称し西洋諸国にても魔除の印しとしている。旧日本陸軍を初め各国軍隊が星の紋章を使用し又幔幕の縄通し、衣服の一端に縫い込まれるのも皆厄除け開運を願う故なり。
【晴明神社 安倍晴明公 御事歴より転載】
ナゴヤドームのすぐ近く、清明山住宅の隣に鎮座。清明山の晴明神社とは、ちと紛らわしい。以前訪れたときもう少し荒れていた気がするのですが。社殿も小さな本殿のみだったような。
訪れたのが夕方だったためか、テントはあるものの人は不在。しかし参拝者はぽちぽちと来ていました。
安倍晴明が住んでいた、とありますが、実際に住んだかどうかはかなり疑わしいらしい。ただし、安倍晴明の子孫が朝廷で失脚、都落ちして、散り散りに移り住んだなかの一つであるという。その子孫たちが、自らの不運を太宰府に左遷され亡くなった菅原道真公に重ね、公を祀ったのが上野天満宮だと言われています。
恋の三社めぐりという、縁結びの願掛け巡礼に参加しており、専用の台紙に名古屋晴明神社、城山八幡宮、高牟神社のスタンプを押して城山八幡宮へ持参すると記念品が頂けるとのこと。
というわけで、スタンプはありますが御朱印は無い模様。
御守りステッカーなどは近くの会社で取り扱っているようです。
2011.07.20:御朱印情報を頂いたのでテーマ:朱印を追加。
神社名:晴明神社
鎮座地:愛知県名古屋市千種区清明山1-6
御祭神:安倍晴明公
神紋:晴明桔梗
例祭:9月26日
【由緒】
御祭神晴明公は孝元帝の皇子大彦命の御後胤にして幼時より甚だ御賢明な方にて万の道に秀でられ、特に天文暦学の道に通達し神道自在の妙術を得られた。長ずるに及び及び天文陰陽博士として朱雀帝より六代の帝の側近に仕えられ数々の功績をたて給い、中にも村上帝の御代に進んで入唐し、城刑山にて伯道仙人の神伝を承け帰朝するや我国独特の陰陽道を確立され朝廷の祭政、民族生活の基範を定められた。今日我々が日常生活の基準とする年中行事、歴術、占法等、皆この時を創りとする。晴明御霊神として祀られるや、我国陰陽道の祖として広く世の崇敬を受けられ祈るに任せて皆々奇偉なる霊験に浴し、方除守護、火災守護、進学、開業、結婚、病気平癒等、疑いなきものなり。
晴明神社の起源
寛和2年(九八七年)晴明尾張国狩津荘上野邑に来住、長養寺乾街道北一丁余松樹五、六株あり。里人伝えていう「往古安倍晴明住居跡なり」と。晴明此処に在りし時当邑蝮蛇多きを見て加持して是を封ず。是より一村蝮蛇を見ず。然るにその後蝮蛇を見る事あり、寺に請い彼の跡に標木を立つ安永戌年七月(一七七八年、今から二百二十年前)晴明の神霊を勧進し密噴を修し、法楽をなし再び蝮蛇を見ずという云々。
之が当地晴明神社の起りであるが、現代に至るまでこの神社の霊験について数々の逸話が語り伝えられている。
☆晴明桔梗印
当社の神紋は俗に晴明桔梗ともいわれ、晴明公の創められた独特のもので陰陽道に用いられる祈祷呪符の一つである。
天地五行を象どり宇宙万物の除災清浄を表す。ギリシャ語でペンタグランマと称し西洋諸国にても魔除の印しとしている。旧日本陸軍を初め各国軍隊が星の紋章を使用し又幔幕の縄通し、衣服の一端に縫い込まれるのも皆厄除け開運を願う故なり。
【晴明神社 安倍晴明公 御事歴より転載】
ナゴヤドームのすぐ近く、清明山住宅の隣に鎮座。清明山の晴明神社とは、ちと紛らわしい。以前訪れたときもう少し荒れていた気がするのですが。社殿も小さな本殿のみだったような。
訪れたのが夕方だったためか、テントはあるものの人は不在。しかし参拝者はぽちぽちと来ていました。
安倍晴明が住んでいた、とありますが、実際に住んだかどうかはかなり疑わしいらしい。ただし、安倍晴明の子孫が朝廷で失脚、都落ちして、散り散りに移り住んだなかの一つであるという。その子孫たちが、自らの不運を太宰府に左遷され亡くなった菅原道真公に重ね、公を祀ったのが上野天満宮だと言われています。
恋の三社めぐりという、縁結びの願掛け巡礼に参加しており、専用の台紙に名古屋晴明神社、城山八幡宮、高牟神社のスタンプを押して城山八幡宮へ持参すると記念品が頂けるとのこと。
というわけで、スタンプはありますが御朱印は無い模様。
御守りステッカーなどは近くの会社で取り扱っているようです。
2011.07.20:御朱印情報を頂いたのでテーマ:朱印を追加。
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