折戸八幡社(愛知県日進市)

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宿鹿島社から富士浅間神社と伸びる道を北へ上り、名鉄豊田市線を越えたあたり。通りを少し入ったところにある小道を進んだ先の高台、画像の森のところに八幡社が鎮座しています。

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神社入口。道の右には曹洞宗竹流山宝泉寺。尾張四国72番札所。

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道の左には、お地蔵さん、観音さん、お相撲さん…?

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お相撲さんでした。地元出身の力士でしょうか?化粧まわしには橘の紋が。

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薄暗い石段を上っていきます。

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石段の途中には、折戸古城址の碑。文明3三年(1471)丹羽氏が築城し、文亀3年(1503)本郷城を築城し移転、廃城。早いよ。
一説に、ここにあったのは吹上城で、折戸城はもう少し西にあったとも。

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境内社や祠。社殿には天道社と洲原社。

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さらに英霊社も。

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本殿前に着。意外とすっきりしていました。

神社名:八幡社
鎮座地:愛知県日進市折戸町寺脇123
御祭神:誉田別尊
創建:文明3年(1472)
神紋:橘?
社格:旧村社
宮司:加藤喜嗣

【由緒】
当社の創建は「法泉寺開基縁起」によれば、丹羽泉守氏従が文明3年(1472)9月「八幡の社祠を造営し武運長久、万民法楽を祈ると記されていることより、自明である。
その後、岩崎城主丹羽氏清が、永禄元年(1558)社殿の再興。元保元年(1742)岩崎城主丹羽氏の武運長久の記録があり武門による厚い崇敬の記録がある。
富士浅間神社兼務神社より転載)

法泉寺は宝泉寺のことでしょうか。年代からして、築城した際に城の守護神として八幡神を勧請。廃城後は宝泉寺支配下もしくは地域の氏神として存続したのでしょう。

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本殿脇に境内社二社。大きいほうは合殿。小さいほうは金刀比羅社。

【境内社:御祭神】
秋葉社:火之迦具土神
米社:倉稲魂命
明神社:鴉茸吹不合命
朝日社:天照皇大神
山神社:大山祇命
金刀比羅社
白山社
天道社
洲原社
英霊社

鴉茸吹不合命の‘鴉’は正しくは「草かんむりに鴉」。ウガヤフキアエズノミコトと読む。鵜戸神宮の神様で、神武天皇の父。

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真ん中は梛の木。
木立が薄い北側は周囲がよく見渡せます。

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