惨めな本との付き合い方、悲惨なネットとの付き合い方

十代で人生をダメにするための“読書”

この記事を読んで色々と思ってしまったこと。
なんとも心当たりがあったので。
色々と考えがおかしくなってる気がするので読み飛ばし推奨。


>・世の中を色眼鏡で眺めるために本を求める

俺俺、σ(゚∀゚ )オレ。
今は幾分マシになった気がするけど、10年以上前は融通の効かないやつだったなと思う。
このタイプってそれなりの知識や理論、それに基づく自信と行動力があるから、何かやらせれば一人でも割とできるんだけど、どこか壁に当たるとあさっての方向に理屈をこねだして進まなくなる。
で、ちゃぶ台を返してしまったり。

通らない理屈はうまく曲げてorだまくらかして通すこと、ひとりで考えすぎずほどよく頑張らないこと、だめそうなら仲間に丸投げすることを覚えると楽になる。
理屈なんて一旦通してしまえばこっちのもんだよと。
ちゃぶ台返すくらいなら助けを求めたほうが遥かに良いよと。
今でも知識が先行して先入観を持ちがちなので、忘れないよう注意してます。
博識も過ぎればウザい。


>・本の威を借りるキツネになるために本を求める

どこかで、面接のとき「自慢できることは?」と聞かれ「今年、本を○○冊読みました」と答えた話がありました。
大量に読んでも、僅かしか読まなくても、本当に影響される本はあまり変わらない、と私も思います。
なんせ、立ち読みしただけで鮮明に覚えている本がありますから。

でも私自身に限っては、一般的に名作と言われる本も読んだほうがいいと思う。
夏目漱石も石川啄木も読んだことないし、万葉集は面白そうだなと思いつつ読んでない。
ああでもそうしたら今ある積み本が後回しになるなぁというジレンマ。


>・優越感の袋小路に逃げ込む為に本を求める

これって、「○○年度版この○○はすごい!」のランキングを見て、
「1位の◎◎はつまらない。なぜ今更これが。それより何故●●が入ってないんだ」
って言う人たちのことじゃないかな。
こんな作品があるのにお前ら読んでないのかよ、という感じ。
たとえその作品が本当に良い作品だとしても、それが多くの人に読まれて(読めて)、理解されなければ、その時点でそれは良い作品ではありません。
みんなと同じ視線まで降りてきて、その本の素晴らしさを人々に伝えられる、わかりやすく解説できる才能を磨けば、その筋に長けた人として認められるでしょうね。
「これの良さがわからないのかよ。プッ」でいる限り永久に孤立し続けます。

そういえば私のやってるブログも心の防壁として見立てたら、該当しますね。
ドのつくマイナージャンルでしょうから。



元記事は「読書」という事例になっていますが、これって「インターネット」に置き換えても通じるのではないでしょうか。

世の中を色眼鏡で眺めるためにインターネットを求める。
情報の威を借りるキツネになるためにインターネットを求める。
優越感の袋小路に逃げ込む為にインターネットを求める。

世界につながるインターネットで視野を広げているようで、自分の求めている情報しか眼を通さず、自分に都合の良い仲間とのみ交流を深めることで、以前より狭い視野になる。
旧来ならどこかで現実と折り合いをつける必要に迫られていたのが、インターネットによって極限まで現実を回避し続け、社会的孤立が深まる。


嫌なことを書いてしまった。
拾った猫画像張って寝る。
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