石神堂物部神社(愛知県名古屋市東区)

尾張地方にもいくつかある物部神社。いや正確には、いくつかあった物部神社でしょうか。今では春日井市二子の白山神社、西春日井郡豊山町の八所神社、西区の六所神社など他社へ合祀され、物部神社という社名はここだけになってしまいました。

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JR千種駅の北、地下鉄車道駅からすぐの交差点に鎮座。千種駅の反対側には高牟神社があります。
訪れた時、一帯には香辛料のいい匂い。神社の裏にインドカレー店があるせいでしょうか。

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神社名:物部神社
鎮座地:名古屋市東区筒井3丁目31-21
御祭神:宇摩志麻遅命
創建:垂仁天皇代
社格:式内社、旧村社
大祭:10月7日

【由緒】
延喜式神名帳愛知郡に物部神社とあり、国内神名帳には従三位物部天神とある。垂仁天皇の御代始めて社殿を造営され、元禄中藩主綱誠、重修遷宮された。俗に石神堂、山神とも称され、遠近の崇敬者により秋の山講、春の山講として特殊な信仰を厚くした。
御祭神は宇摩志麻遅命にして物部氏の祖であり、霊璽は一塊の大石にして神武天皇当国の凶魁を討ち給いし時此の石を以て国の鎮めとなし給うという俗に要石、鎮撫石と称し、尚此の石を世に根なし石とも伝へ全国に水戸、鹿島の三ヶ所に存する言う。曽つて国主光圀此を掘らしめしに竟に掘ること能わざりきと伝へ、石神の称は之より起ると、宇摩志麻遅命は神武天皇御東征の時、御父饒速日命と共に長髄彦を殺して帰順せられ後物部の軍兵を率いて専ら皇城守護の任にあたられた。
神武天皇即位に命は伝来の十種の天瑞宝と神盾を献上し、布都神剣を殿内に安置し、天皇、皇后の御魂を鎮め寿祚を祀った。
鎮魂の祭儀はこれにより始つたものであります。
【式内物部神社御由緒略記より転載】

社殿は東南向き。社殿の下にその石があるのでしょうか。

画像はありませんが、社殿の左手に境内社物部白竜社、右手には須佐之男社、秋葉社など。

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物部神社御朱印。半紙で頂きました。

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