阿須賀神社(和歌山県新宮市)

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熊野速玉大社から東へ、JRの線路を渡り、熊野川下流へ行くと、こんもりとした山。
徐福伝説の残る蓬莱山です。

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南側の参道に到着。

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神武天皇聖蹟の地でもあります。

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祖元禅師徐福の祠に香を献ずるの詩
 先生薬を採りて未だ曾て回らず
 故国の山河幾度か埃さる
 今日一香聊か遠きに寄す
 老僧も亦為に泰を避けて来る

(大意)徐福先生は、不老長寿の薬草を採りに行かれてからまだ帰られません。
その後、故国中国の山河は、幾度も戦争があって混乱しています。
今日は、先生をお祀りする熊野の杜に、はるかに香を捧げます。
老僧のこの私も先生と同じように、戦乱の故国を避けて日本にやって来ました。
      若林芳樹 訳


祖元禅師とは南宋の無学祖元のこと。
元が南下し南宋が滅亡すると、執権北条時宗の招きで来日。鎌倉の建長寺で逝去。
清を認めず日本に亡命した明の朱舜水は知っていましたが、元を認めず来日した人もいたのですね。

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社殿と、後方の森は蓬莱山。山全体が御神体です。
拝殿裏に徐福宮がありますが、撮影してなかった。

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神社名:阿須賀神社
鎮座地:和歌山県新宮市阿須賀1-25-25
主祭神:熊野速玉大神、熊野夫須美大神、家津御子大神
創建:孝昭天皇代(紀元前475~393)
神紋:右三つ巴
社格:旧村社
例祭:10月15日
境内社:阿須賀稲荷神社、徐福宮

  熊野新宮 阿須賀神社略記
 祭神 家津美御子大神 事解男命 熊野夫須美大神 熊野速玉大社
 配神 黄泉道守神 建角美神
熊野三所権現と称され第五代孝昭天皇五十三年三月の創祀、始め切部玉那木の渕に降りられ飛鳥の森に鎮座又十代崇神天皇の御代家津美御子大神には岩渕貴禰谷より音無ノ里に遷られる。
当社は三山に準じ歴朝名族の崇敬殊に深く近郷末社少なからず東京飛鳥山は元享二年豊島景村が当権現を勧請す。
南面海河口にあって、淺州処を守護、航海、延命、生産、発育の御霊力を臧さると云はれ書紀に記す熊野神邑は当所の古名にて神威発祥神迹を垂れ給ふ。
近年当境内より多数の考古学的遺蹟、遺物が出土され、熊野最古の原始信仰形態を実証し権現発祥源として確認された。
祭禮 十月十五日 古式豊かな神馬巡行の儀
蓬莱山古来禁足地として仰がれ上代祭祀跡、経塚、関係遺蹟に富み又徐福伝説は人口に膾灸さる。
【社頭由緒より転載】


往古は海に浮かぶ島で、蓬莱山は飛鳥山と呼ばれていたようです。熊野速玉大社摂社でしたが戦後に独立した、とどこかで見たような。
創建年が熊野速玉大社より古い。また、熊野信仰では熊野権現は神倉神社の天磐盾に降臨したとされるが、ここにも降臨したとある。森の中には磐座も残っているが見ることはできない。

神社に残る神宝も、熊野詣の天皇貴族の奉納物が残っており、京都国立博物館に所蔵されています。
熊野信仰には欠かせない場所だけど、観光には向かないですね。

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境内からは弥生時代~古墳時代の集落跡があり、阿須賀遺跡に指定されています。
画像左には新宮市立歴史民俗資料館があり、竪穴住居が再現されています。でも夕方なので閉まっていました。

御朱印もあるようですが、時間も時間なので断念。

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と、徐福伝説は近くにもありまして。

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