あらいのじかん〜神社と朱印、ときどき猫と自転車〜

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zoom RSS 北畠神社(三重県津市美杉町)

<<   作成日時 : 2006/09/20 02:39   >>

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斎宮歴史博物館の続き。

北畠神社へ行くべく美杉町に向かったわけですが…店がない。飲食店が飲み屋とかカラオケ喫茶とかばかり。コンビニで妥協…したくてもコンビニがない。店を探すうち徐々に人気が少なくなり、気が付くと山道。一車線の山道を蛇行し、対向車とかすめるようにすれ違う道。ほんとに国道?こんなにうねってますよ?ナビの言うまま登るうちに霧がどんどん濃くなり、最頂部の視界は数メートル。ホントに北畠氏の本拠があったんか?と思ってるうちに峠を越え、集落っぽい町に到着。
遅めの昼食は神社近くの道の駅美杉で取ることに。鴨につられて鴨ラーメン(塩)を頼んだけど、フツーのラーメンに鴨肉を乗せただけで。まぁそれでもハラヘリすぎて美味しかったけど(笑

落ち着いたところで北畠神社に到着。

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北畠神社/三重県津市実杉町上多気/主神:北畠顕能公、配祀:北畠親房公、北畠顕家公/別格官幣社、別表神社/10月13日/末社:多藝神社、留魂社

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本殿は木々の緑に拝殿の朱が鮮やかで美しい。撮影角度がとれないのが辛い。玄松子さんのところで詳細と色々な角度の画像があるので、こちらもどうぞ。

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境内にある北畠顕家公像。
この地に拠点を置いた北畠氏の館跡に建てられている。…が、ものすっっごい山奥で、そこらへんの山から霧が沸き立っている。ホントにこんな山奥から伊勢を支配したのでしょうか。いや南伊勢しか支配できてないけど。
南北朝時代なら吉野の東の盾となり、伊勢とをつなぐ意味で納得できるのですが、合一後もここに居続け、織田軍に滅ぼされた最後の地もここ。
公家の考えることはよくわからん。

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拝殿横に張られていた。建武中興十五社会というのがあるようだ。南木神社のある建水分神社が入っていないのは主神ではないから?

境内末社留魂社の祭神は北畠具行卿、満雅卿、具教卿、北畠一族並に家臣郎党農民の戦死者。

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北畠神社御朱印。2つあるのは、はじめ参拝中に持参した朱印帳へ頂いた後、境内を散策撮影したのち授与所でオリジナル朱印帳があると知って、頂いたときにそちらにも押して頂いたため。ついでに名前も入れてもらえばよかったなと後悔先に立たず。

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霧山城へも行く予定でしたが雨で断念。だって…
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こんなんですよ?観光案内の本にも「40分」とか書いてあるし!遭難するって!

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神社の近くの美杉ふるさと資料館にあった力石。いまなら北畠氏館跡の冊子が無料で貰える。数は少ないとかで一人一冊限定。

帰りはナビに行きと同じルートを指示されるも、反抗して北へ向かう。でもやっぱり山道…。そして高速へ。結局コンビニは1軒しか遭遇しませんでした。しかも反対車線で寄れないし。
もしあそこへ行こうと考える方がいたら、電車をお薦めします。車はあかんて。
今回はおおむね満足。あんな変なトコ滅多に行けないしね!頼まれた伊勢たくあんも買えたし。

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