あらいのじかん〜神社と朱印、ときどき猫と自転車〜

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zoom RSS 漆部神社/甚目寺(愛知県海部郡甚目寺町)

<<   作成日時 : 2006/11/10 00:53   >>

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甚目寺町の由来となっている尾張四観音のひとつ、甚目寺。推古5年(597)に漁師が観音像を引き上げ、お堂を建てたのがはじまりという。神社の由緒では、「甚目連公(はだめのむらじのきみ)」が創設したという。
画像は南大門(仁王門)で、重要文化財。源頼朝の命で梶原景時が建てたという。中の仁王は運慶作とも。網が張られていたのでいい画像が撮れなかった。

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先の画像左下に見える、南大門前の道標。ななめに傾きながらも健在。
こちらによると、この南大門前の道は「津島上街道」とよばれる街道筋で、美濃路〜漆部〜勝幡〜津島と通じていたという。私が馬島社から通ってきた道は、この津島上街道と佐屋街道を結ぶ道だったらしい。

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南大門を西北側より。

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三重塔。なにかの文化財に指定されているはず。
追記:重要文化財でした。寛永4年(1623年)のもので、日本有数の高さだとか。

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そんな甚目寺の西隣にあるのが漆部神社。

神社名:漆部神社(ぬりべじんじゃ)
鎮座地:愛知県海部郡甚目寺町大字甚目寺字東門前11Mapion
祭神:三見宿称命(みつみのすくねのみこと)、相殿・八大明神、相殿・木花咲耶姫命
社格:式内社、旧郷社

三見宿称命は火明命の五世の孫で尾張氏と同族、漆部の祖神。漆部とは漆を栽培、採取し、漆製品を製作する氏族のこと。尾張氏とともにこの地方へ移住し、この地に神社を建て祖神を祀ったという。
創建は不明だが、甚目寺より先にできただろうから1500年以上前だろう。その後、仏教伝来後に神宮寺として甚目寺が建てられたと思う。甚目寺が先ならそれはそれですごいと思う。
ちなみにお隣りの甚目寺にある十一面観世音菩薩像は尾張唯一の乾漆像だという。

八大明神とは、賀茂・春日・祇園・稲荷・住吉・松尾・平野・貴船の八つの神のこと。奈良の春日大社、大阪の住吉大社と、京都の上賀茂・下鴨神社、八坂神社、伏見稲荷大社、松尾大社、平野神社、貴船神社にあたる。
中世にはこの地方で戦火が相次ぎ、社名も忘れられ、室町時代には「八大明神社」と称していたという。昭和32年10月21日に社名を漆部神社に復した。

木花咲耶姫命は富士山本宮浅間大社の祭神。

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きよめはし?

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拝殿。開かれていたので・・・

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中を拝見。神紋が右二つ巴、というより陰陽紋だよね?

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本殿を西側から。
漆に関する式内社ははここと越後国磐船郡漆山神社があるが、両者の性質はやや異なる。漆山は漆の木の守護神で、漆部は漆工芸の技術者やそれに携わる団体の守護神だという。
甚目寺にはお漬け物の神社もあったり、なぜか全国唯一の神社が2つもある。

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本殿東側にあった村社日吉神社の神紋?が気になり撮影してみた。

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漆部神社御朱印。ハンコ。
神社の境内には社務所の方と私しかいなくて、ときより聞こえる電車の音以外はとても静かでした。

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甚目寺側にあった白山社(左)と弁財天社。

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甚目寺観音さんもお参り。中の授与所に尾張三十三観音などの納経書があり、少し心揺れる。

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お寺といえば鳩。
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と鳩を追いかける子供。

そんなわけで漆部神社と甚目寺でした。

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萱津神社(愛知県海部郡甚目寺町)
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無限堂の人々
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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
子どもかわいいw
漁師が引き上げた〜というくだりで浅草寺思い出しました。あちらは絶対秘仏にしてるみたいですね。誰だろうとお前立ちしか拝めないとか。
救世観音だって超秘仏だったけど暴かれた(?)という例があるので,いつか拝める日も来るかもなどと,不謹慎にも思う今日この頃。甚目寺サンのご本尊はどうなんだろう。
遊魚
2006/11/10 02:24
母親がパンくずをまく→鳩あつまる→子供おいたてる→母親叱る、の四段落ちが展開されてましたw
本尊は百済から伝来したもので、仏教伝来時の論争で投棄されたもののひとつ、とかどこかに書いてあった気がするのですが…関東屈指の浅草寺と同じというのも不思議。乾漆仏が御前立だそうです。
甚目寺の本尊ご開帳は50年に一度みたい。前回が2002年で……2052年orz
新井
2006/11/11 04:33
四段落ちw いいなあ。今時いい親子ですよきっと。生き物キタナイとか言わないし。子どもとお寺で遊ぶなんて。
>仏教伝来時の論争で投棄
それはやはり,ココではなく,他所のどこかで捨てられたものをこちらで拾得したというような形でしょうか?浅草寺のも,どこかのご本尊が洪水か何かで流失したやつじゃないかみたいな説を近頃見たような?(超ウロオボエ)
うにゅー。ご開帳は46年先ですかー。ハレー彗星よりは近いですが,何とも。拝めたら,別の意味で感動しそうですね。
遊魚
2006/11/11 23:00
地元の漁師が海から引き上げた、とあるので、善光寺のように拾って持ち帰ったわけではなさそう。でも善光寺と同じ「百済から伝来した(3体?)仏像のひとつ」とも。謎すぎます……伝来した欽明天皇の時代は尾張氏の最盛期ともいわれる頃なので、仏像が来た可能性も無くはない、カナ?
ちなみに善光寺の本尊は武田氏滅亡後、岐阜を経て甚目寺に安置されたことがあるそうです。その頃、伝承が脚色されたのかな、と思ったり。
新井
2006/11/12 02:03

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