あらいのじかん〜神社と朱印、ときどき猫と自転車〜

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zoom RSS 挙母神社(愛知県豊田市挙母町)

<<   作成日時 : 2007/08/19 19:45   >>

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城っぽいけど蟹。そんなのがある豊田市。
しばらく西三河編です。

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神社名:挙母神社(ころもじんじゃ)
鎮座地:愛知県豊田市挙母町5丁目1番地
御祭神:高皇産靈神(たかみむすびのかみ)、天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇々藝尊(あめにぎしくににぎしあまつひだかひこほのににぎのみこと)、天萬栲幡千幡比売命あめよろずたくはたちはたひめのみこと)、天之水分神(あめのみくまりのかみ)、国之水分神(くにのみくまりのかみ)
社格:旧郷社、六等級社
神紋:三つ巴
例祭:10月第3日曜日とその前日

おそらく豊田市で一番参拝者の多い神社。ほかには式内社の猿投神社、松平東照宮、足助八幡宮が有名どころだろうか。
まぁ豊田市は広すぎてよくわかんないんだけど!

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境内はなかなか広々としています。木々そこそこあるけど、鎮守の森といえるほど厚みが無いのは都市の宿命…

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鳥居の左手に津島さん。

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鳥居をくぐると大きな御神木が。豊田市天然記念物、推定650年。
あと、右に見切れているのがお堂…と思ったらお寺でした。位置的に神宮寺でしょう。
なぜプレハブ小屋?と思ったら、火事で焼けてしまったためとか

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右のほうから拝殿、神輿殿、本殿、境内社いろいろで、左に見えないけど社務所。

【由緒】
神社の創建については諸説ありますが、一般的には文治五年(一一八九)源義経の家臣鈴木重善(善阿弥)が、奥州の義経のもとに向かう途中、この地で義経討死にを聞きここに留まり、その後大和吉野より「子守明神」を勧請して祀った、といい伝えられています。
 鎌倉実記・義経勲功記に「その頃熊野の鈴木次郎重善というものあり、矢作川の上、衣の里という処あり、彼の里に庵室をしつらい住まいけり、熊野の神を云々」とあります。
 また寛政年間に宮がれた挙母祀にも「子守明神は往古より挙母の鎮護たり、草創はいずれの年といまだ詳しからず、鈴木某熊野より・・・三河に留まり、と世俗の諺にいい伝へたり云々」とあります。
 江戸時代は「子守大明神」といわれ、歴代の挙母藩主が敬い、またこの地方の庶民崇敬の中心となっていました。
 明治四年県社として現在の「挙母神社」と改められました。
 近年自動車産業の町として発展するにつれ人口が増え、若い人たちが増えてきました。
 これらの人たちが家をかまえ愛児誕生ともなれば、初宮詣り七五三詣りにと、いつの世にも変わらぬ親心に参拝者が絶えません。
 またマイカーの普及とともに、交通安全を願う自動車祓も絶えません。

挙母神社HPより)

面倒なのでおもいっきり転載w

子守明神とは御祭神の「水分(ミクマリ)神」のこと。古代の利水の神様として近畿地方に祀られた(以前紹介した御水分神社もそのひとつ)。のちにミクマリミコモリ(御子守)に転訛し、子供の神様としても祀られるようになったそうだ。
気になるのは由緒に、水分神の話しかないこと。水分神より先にある三神、高皇産靈神、天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇々藝尊、天萬栲幡千幡比売命が丸々無いのは奇妙。
社務所でお話を伺ったときに尋ねたものの、はっきりとした回答はなく、由緒そのものが消えてしまってるのかなーと思ったり。
タカムスビら三神はかなり古い部類の神々なので、おそらく三神が祀られていたこの場所へ鈴木氏が子守神を勧請し、共に奉斎したのだろう。

まぁ、神社の詳しい画像や由緒とか考察は、ひねもすのたり宮さんとこが丁寧に書かれているので。挙母神社についてはその1その2その3その4その5その6までありますし。

そういえばこのあたりは、源平時代には美濃清和源氏山田太郎重直(河辺太郎)の勢力圏。子の重長(賀茂六郎・足助左兵衛尉)が足助へ赴き、足助氏を名乗ってるので、このへんも足助氏の支配下だったのかな。のち重直の孫の重忠は承久の乱(1221年)に朝廷方として出陣し敗れて自害。子の重継も殺され本家は滅亡。
足助氏は元弘の乱(1333)で足助次郎重範が総大将に任じられ奮闘するが、敗れて六条河原で処刑される。のち一族は南朝方として各地へ赴き、離散したらしい。
その後、この地方を支配したのが鈴木氏で、足助氏の娘婿だったとも。戦国時代には松平(徳川)氏に攻められたり、武田氏に攻められたりしていたとか。
河葉神社のことを思い出して転載しつつ書き足してみた。

追記:10月の例祭こと挙母祭りのことも書いておかないと。
挙母まつりは八台の山車が練り歩く盛大なお祭りで、三河三大祭りに数えられているらしい。
(あとの2つは何だ…??)
こちらのサイトでは祭りのライブ中継があるらしい。なんかすごい!
あとググっていて気になるページを見つけた。
挙母神社は、旧挙母村(現、豊田地区の、豊田市一区、二区東部、西部、三区、竹生東区、中区、西区、小坂区、樹木区、三軒町区)がその氏子区域の神社で、豊田市の旧中心市街地に鎮座している。
挙母神社は、明治初期までは子守明神大社と呼ばれていた。
挙母神社の創建年時は不明だが、社伝によると、源義経の家臣、鈴木重善(善阿弥)、鈴木義宗、篠田勝善の三人は吉野を出発し矢作まで来たとき、義経が奥州で戦死したことを聞き、この地に隠れ住み、後に天徳3年3月14日、大和吉野(現 奈良県吉野郡吉野町吉野山)から「子守・熊野・勝手」の三社を勧請して、その分神を鈴木重善氏が衣上之郷に子守社を、篠田勝善氏が衣山之郷に毘森社(熊野社)を、鈴木義宗氏が衣下之郷に勝手神社を祀ったと伝えられている。
このうち子守社が現在の挙母神社であり、熊野社が毘森神社(小坂町)、勝手社が勝手神社(下林町)である。
明治4年3月14日、子守大明神は挙母藩庁から挙母神社と改称され、同年11月、挙母県県社(藩社)に指定されたが、廃藩置県のため、翌年5月3日に、額田県の郷社に列した。
その後、愛知県となるに及んで一時、村社になったが、明治12年7月26日再び愛知県の郷社に指定せられ、昭和55年神社庁より6級社(県社相当)に昇格した。
三州・挙母の山車まつりより転載)
ほう……挙母神社、毘森神社勝手神社がそれぞれ吉野水分神社熊野三山勝手神社に呼応すると。これは面白い。覚えておこう。

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挙母神社御朱印。一緒にカラー印刷の由緒書きも頂く。

【末社】
御鍬社:豊受比売命(とようけひめのみこと)
金刀比羅社:大物主命(おおものぬしのみこと)、金山毘古命(かなやまひこのみこと)、金山毘売命(かなやまひめのみこと)
子守天満宮:菅原道真命(すがわらのみちざねのみこと)
秋葉社:火産靈命(ほむすびのみこと)
子守稲荷社:宇迦之御冤神(うかのみたまのかみ)
津島社:建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)、櫛稲田比売命(くしいなだひめのみこと)

津島社は由緒書きには速須佐之男命とあるけど、の間違いだよね?先の津島社の画像を解析したら「津島社 祭神 建速須佐之男命 櫛稲田比賣命 祭日 六月十五日」とあるし。

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは。

謎の挙母神社スね。紹介とトラバありがとうございます。他の方の撮られた写真を拝見してると,構図の取り方や中央にすえるものが違うためなんでしょうけど,別の神社みたいで新鮮ー。

ちなみにまともな天守閣らしきものは,カニしかなかったはず,豊田。七州城も復元されてるぽいですが,ごくシンプルな印象ですし。あ,カニうまいですよ,ここ。

>豊田市は広すぎてよくわかんないんだけど!
超同感です。合併しすぎですわ。こないだの合併で,また従来の倍以上になったですしね。アレが市政以降6回目の合併ですから,もう。
遊魚
2007/08/19 21:22
いらしゃい!あのもやもやの挙母神社ですよ!

こちらへ訪れたときは一人じゃなかったので写真は少な目、一枚で色々収めようとしてこんな構図になってしまった気がします。参道脇で山車が出てたのに上手く撮れてなかったし。

七州城は豊田市美術館のあるとこですよね。美術館は行ったことあるのですけど(中の売店や書庫が充実してて羨ましかった)

あと、とりあえずリンクしてトラバしたらめちゃくちゃ行ってしまってごめんなさいorz
邪魔でしたら適当に削除してください(´・ω・`)
新井
2007/08/20 00:39
こんばんは。

トラバの件,無問題です。総てに関連してますし。はみ出して見えるのは,うちのレイアウトが悪い&近頃まともな記事を書いてないせいです。お気になさらず。

七州城は美術館のとこです。樹木神社も近いです。美術館は,売店とホール(舞台のあるとこ)しか入ったこと無いんですが,確かに売店は充実しててました。狭い割りに気の利いたものが揃っていたというか。しかしミュージアムグッズは高いので,なかなか買えなかったり。

山車が出てましたか。何だろ。祭りの関係のことは,ちーとも判らなくて。クスと神宮寺の写真,良いと思います。この撮影位置には立ってみなかったな。こんなにパカンと空いてるんですね,背後。
遊魚
2007/08/20 22:30
恐縮です。

美術館へ行ったときは「うわー豊田市、金あるな!」と思ったものですw
近所にあればあそこで読書して一日過ごすのに。グッズが高いのは宿命…。

クスノキの全体を収めると、右ががらーんとしてしまって、ここまで抜けてる神社もめずらしいかも。やっぱり神宮寺があると収まりそうですね。再建も祈るばかりです。
新井
2007/08/21 00:35
鈴木氏の子孫はまだ豊田市にいますよ!
まる
2010/05/13 13:25
今年2010年10月16、17日の挙母まつりでわたしが撮影した写真をスライドショーで公開中です。
タイトル名は挙母まつり試楽、本楽1、本楽2です。1作品40枚程度の枚数で3作品あります。アンダーラインのついた中山晴彦をクリックするとアクセスできます。24インチの
大画面で高画質で見る事ができます。iPadではみれませんので、念のため。
中山晴彦
URL
2010/10/24 18:36

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