あらいのじかん〜神社と朱印、ときどき猫と自転車〜

アクセスカウンタ

zoom RSS 長瀬八幡宮(愛知県岡崎市)

<<   作成日時 : 2007/10/03 23:44   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0

三河の神社の続きです。かなり間が空いてしまいましたが。
和志取神社の続きにあたります。

画像
岡崎市街の北西、矢作川の西岸近くに長瀬八幡宮が鎮座しています。
参道は舗装されてるけどまっすぐ残っています。

画像
参道途中左手にある長寿寺。元神宮寺っぽい。

画像
水盤に葵紋が。岡崎に来たんだなぁって実感。
いや昨日も来てたけど!

画像
長瀬八幡宮社殿と、御神木?

神社名:長瀬八幡宮
鎮座地:愛知県岡崎市森越町字森下45 Google
御祭神:応神天皇、息長足姫命
創建:康平六年(1063年)
社格:旧郷社

 長瀬八幡宮由緒

祭神 応神天皇 息長足姫命
鎮座地 森越村字森下
境内 七反八畝拾参歩

惟れば後冷泉天皇の永承七年
陸奥の豪族安倍頼時反乱を起し
其の勢力烈しく国司を追い出だし
天皇の命に從わず大喜七年鎮守府
将軍源頼義天皇の命により頼時
を討たんと此の地に来るも連日
の雨に矢作川渡るを得ず頼義
斎戒沐浴し八幡宮に祈る神の霊
験現れ鹿群を成して水に入りて流
れを塞ぐ頼義部下を率いて浅瀬
を渉る依て此の地を鹿の渡とい
う頼時の勢強く頼義の軍は戦い
に利あらざりしも常に八幡大神の
守護を頼み苦戦の末頼時を降伏
せしめ再び追討して奥羽を平定
し翌六年京都に凱旋の途次此の
地に馬を駐め八幡大神の加護有
りし事を思い康平六年(一〇六三)
社を建て応神天皇を祭り息長足
姫命を合祀する是即ち当八幡宮
なり爾来武将の崇敬厚く徳川の
祖親忠神領を奉り廣忠も源大夫
社を創建し永禄三年九月十九日
元康は今川義元の軍に属し大高
城に在る時義元桶狭間にて討死
するに及び城を棄て岡崎へ下向
の時矢作川満水にて渡るを得ず
此の時偶々八幡の森より鹿出で
て川を渉り大門郷に上り復び帰
りて森に入り消え失せる石川伯
耆守これを見て吉相の鹿なり渉
るべしとして主従十八騎川を渡り
て大樹寺に入るを得たり
天正年中家康関東へ移封の后田
中兵部岡崎城主となるや建物石
垣を奪取り城構に用いらる為に
社運大いに衰えしも家康の崇敬
変る事なく慶長五年大軍を率い
て関ヶ原へ向う途次家康馬を下
りて夜中歩いて八幡宮に詣で祈
願する所あり其の後社殿を修復
し慶長八年五月神領六十石を寄
進し祖の支族たる板倉氏をして
祭祀を掌らしむ明治五年九月郷
社に列し同四十年十月新選幣帛
料供進社に指定せらる
              社務所

社頭由緒書をそのまま写してみたけど改行がよくわからなかったので、見たまま載せてみた。
八幡社は矢作川の東側にも、井田八幡宮や伊賀八幡宮があるのに、なぜこちらへ祈願に来たのだろう。いや全部に祈願したのかな?

鹿はいなかった。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 3
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
長瀬八幡宮(愛知県岡崎市) あらいのじかん〜神社と朱印、ときどき猫と自転車〜/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる