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土呂八幡宮・上地八幡宮の南、幸田町に気になる名前の神社があったので見てみた。 鷲田神明宮着、ってここまで以外と苦労した。神社はほとんど南or東向きなので、その先入観で現地に行って西向きだったりすると入口がわからず彷徨ってしまったり。んでこの鷲田神明宮は綺麗な西向きでした。 社標。 「第十大區五小*鎮座」とある。*は厂に邑のような、違うような。 境内と社殿。といっても拝殿から奥は大木に覆われてよく見えない。右手に境内社。 神社名:鷲田神明宮 御祭神:主神・天照大神、配祀・天日鷲命、八柱命、應神天皇、他三柱の神 鎮座地:愛知県額田郡幸田町大字菱池字鷲取1 Mapion 創建:寛平2年(890) 社格:旧郷社 神紋:輪宝 例祭:10月14日 <由緒> 蓋し聞く往昔より老松古杉蒼々と繁茂し畫尚暗き別きても日本三大樟の一と称せられし樟の大樹ありて御神木とす 此の樟に大鷲の来りて棲息し為に近郷その害を被り諸民いと苦しめり因て仁和二年八月八月縣主鎌田兵衛尉その臣大伴忠芳に命じ之を射止めしむ 茲に衆民安堵し逸早く社殿を築き天照大神を勧請し奉る 時に寛平二年なり 爾来住民日を追って増し農耕に勤む 茲において社号を鷲田神明宮と奉称元暦元年村名を鷲田村と定む 同年八月十日相殿に天日鷲命八柱命應神天皇を祀る 古来より三郡六郷の総鎮守の神と崇められ西三河稀なる大社と尊敬一入なり 社有御神田七十石を領有従って社頭の殷賑を極め祭礼日には近郷近在幡豆碧海に至るまで業を休みて参詣に訪れり 永禄元年徳川家康野場の城主山本勘助を攻む時に戦勝を祈り鷲田村及岩堀村の船を集めて四十五艘沼上を渡り大勝を得たり因て奉賽の為命じて長く社内差縄徐地とせり (以下略) <社頭由緒より転載> 西向きの時点で古社ほぼ断定ですが、社殿を建てた寛平2年(890)以前から既に奉斎されていたようだ。 日本三大樟とは初めて聞く。境内大樹の下にも別の石標があり、伊予国の扶桑(大きな神木)、近江国の栗*[禾に亡と‘え’っぽいもの](神木の名)と並ぶ日本三大樹として天下にその名が知れわたっていた、とある。 境内社。たぶん北鷲田神明宮と市杵島神社。 【祭礼】 1月1日:歳旦祭 1月17日:秋葉火防祭 2月10日:月次祭、観音供養、地蔵供養 3月10日:護国豊穣産業成就祈願大祭 4月10日:市杵島神社例祭、みたま祭り 5月10日:月次祭 6月30日:みな月の大祓式 7月10日:月次祭と土用干し 8月10日:月次祭 9月10日:北鷲田神明宮例大祭 9月10日:旧堂例祭 9月10日:野々宮様例祭 陰暦9月晦日:神おくり 陰暦10月晦日:神むかえ 10月13日:宵官祭 10月14日:例大祭 11月10日:月次祭 12月10日:新穀奉謝新道日大祭 12月30日:しわすの大祓式 12月31日:迎春準備 祭礼にも色々と気になるものが……。 神馬。腹の輪宝紋はおそらく神紋。 社宝として懸佛があるそうなので、神仏習合時代に色々と定まったのだろう。 神社の南のほうで見かけたお堂。この中に懸佛があるような気がする。 |
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