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zoom RSS 賣太神社(奈良県大和郡山市)

<<   作成日時 : 2008/06/14 15:28   >>

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JR郡山駅前に看板が立てられている、賣太神社へ。駅からは結構歩きます。市内循環バスも走っているけど本数も多くなく、道の途中までなので。



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稗田環濠に侵入。

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特定保水池整備事業に分類されるのね。

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環濠をほぼ縦断して神社前。環濠の南側に、南向きで鎮座。入口正面に社務所、本殿は左に折れたところに、東向きで鎮座。

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社標の裏には「古事記撰上一千二百三十年記念 古事記纂録功臣顕彰會」。稗田阿礼命と太安万侶命を讃えるため、昭和16年9月25日に結成されました。

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神社はそれほど大きくない感じ。

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かたりべの碑。

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神社名:賣太神社
鎮座地:奈良県大和郡山市稗田町319
御祭神:稗田阿礼命 天宇受賣命 猿田彦神
神紋:大陽に勾玉
社格:式内社、旧県社
例祭:10月19日

賣太神社御由緒

社格 延喜式官幣社 旧県社
御祭神 主斎神 稗田阿礼命 ひえだのあれのみこと
副斎神 猿田彦命 さるたひこのみこと
副斎神 天鈿女命 あめのうずめのみこと
稗田阿礼命
この稗田の地は太古の昔より朝廷に奉仕した猿女君稗田氏一族の居住地であって天武天皇の舎人稗田阿礼はこの一族として出仕したのである。
天皇は阿礼が記憶力理解力共に抜群で学芸諸術の才にも秀でていたのをお褒めになって御自ら御精撰になった歴代天皇の御事績と建国以来の歴史・神話・伝説・歌謠を直接お授けになった。
この誦習った事柄を三十有余年後の元明天皇が太朝臣安萬侶に記録させられた書物が古事記である。之はわが国最古の文学書で古代人の生活・習慣・思想が書かれ祖先の考え方や生き方を偲ぶのに貴重な書物である。今日阿礼さまの宏大無辺のご霊徳を偲び学問の神・知恵の神として信仰が厚い。
猿田彦命
天鈿女命の彦神であって土地・方位の神として全ての物事の初めすなわち新築・移転・旅立ち・結婚等に災難や悪魔を祓ってよい方に導き給うご霊験あらたかな神である。
天鈿女命
猿女君稗田氏の太祖で「天岩戸隠れの神事」にたらいを伏せて舞を舞われた女神でオタフク又はオカメの愛稱あり福の神、芸能の始祖神として親しみ信仰されている。

社頭掲示板
延喜式神社の調査より無断転載】

稗田阿礼が大変な記憶力の持ち主であったことから、学問の神様としても信仰されています。
11月〜3月の日曜日には勧学祭という、受験や就職などの御祈祷が行われています。
あと小さな事ですが他の由緒、副斎神は天宇受賣命と猿田彦神の順に記載されています。
天鈿女命が猿女君の姓を賜り、稗田阿礼はその子孫とあります。猿田彦神は天鈿女命の彦神とありますが、祖神とは書かれていません。

このほか授与所で頂いた「賣太神社御由緒」に、天宇受賣命に始まる猿女君のこと、聖徳太子との関連(稗田の由来)、阿礼祭、稗田旧跡(稗田環濠集落)、など興味深いことが沢山書かれていますが、書ききれないので割愛。阿礼さま音頭の作詞が北原白秋とは。
最終頁にはメモと参拝記念スタンプの場所もあります。

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環壕の北東側。ジグザグしているのはいわゆる七曲がりで、陰陽の鬼門除けっぽい。南西側も張り出しているのも何か意味があったような。中国の宮城建設の知識がここまで来ているのね。

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環壕内は今も住宅地、道もあまり整備されておらず、古い佇まいが残っています。道幅が不規則なので車は通りにくそう。

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賣太神社御朱印。失礼かもしれないけど、稗田阿礼さんのスタンプが河童に見えてしょうがない。河童は知恵者とも云われるし、似せてあるのかな。

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御朱印と一緒に頂いた白南天のお箸。以前に石上神宮で普通の南天箸を頂いていたり。

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一緒にお菓子も頂きました。少しは記憶力が付くでしょうか。

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