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zoom RSS 内宮御祭宮社(愛知県常滑市大野町)

<<   作成日時 : 2008/08/13 20:41   >>

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江崎社のちょっと南、同じ大野町内の海沿いに元伊勢がありました。聞いてないよ!



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堤防のすぐそばにあるので、ちょっと上から。

神社名:内宮御祭宮社
鎮座地:愛知県常滑市大野町八丁目142番地
御祭神:天照皇大神
創建:垂仁天皇25年
例祭日:5月4日

【由緒】
往古は内宮天照皇大神宮と称したが天保五年(一八三四)甲午四月二十九日仁孝天皇の勅命により、今の社名となる。創建は明らかではないが、旧神主小田井氏所蔵の「参考皇大神宮遷幸雑事記」によれば垂仁天皇即位二十五年丙辰に、倭姫命皇大神を奉じて参ヶ月間此の地に滞り後伊勢の地に遷れりとあり。
往事境内は参万七千余坪(一一二、〇〇〇平方米)あり諸殿建ち並び荘厳であった。以後文禄・慶長(一五九二〜一六一四)の頃、波浪による浸食で境内を狹め又、元禄一六年癸未(一七〇三)大地震の時は、高潮が境内を欠没し社殿を東へ百八十五間(五十米)程東へ移している。
文政三年(一八二〇)庚辰の頃には境内猶甚だ広く諸殿宇も備り荘厳であった。宝暦元年(一七五一)の村絵図には、祢宜町の古字があり、多数の祢宜の住居があった。「元伊勢参り」と称し参詣者多数ありし模様が伺えた。(大野町史より)

〈尾張大野散策路〉
Q内宮御祭宮社
 人皇十一代垂仁天皇の御代に、倭姫命が、天照皇太神を奉じてこの地に三ヶ月止まり、その後伊勢の地に遷りました。そこで、この宮は元伊勢と称され、大野城主佐治氏を始め近郷の崇敬を受け、三万七千坪の境内に末社五社を数えましたが、度重なる台風高潮のため大きな被害を受けました。江戸時代末まで、境内であやつり人形戯が盛んでしたが、当時の人形の「かしら」は現存し、市の有形民俗文化財に指定されています。
【社頭由緒より転載】

ここが元伊勢になるとして、倭姫宮の順路は、尾張中島宮→知多大野→伊勢桑名野代宮かな。場所的に、伊勢→知多→伊勢もありそうだけど。
周辺には寺院も多数あり、やっぱり古くから人の集まる場所だったようです。
昔の神仏混淆時代に神社の社地を割いて寺院を建立されたり、僧侶が神職も兼ねる社僧となる(神宮寺)ことも多いので、古い神社の近くには必ず寺院がありました。
仏法が浸透した中世は、寺院を建立するために神社を勧請する(鎮守社)ことが多くなったようです。古い神社を鎮守社として遷座させたこともあるとか。

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この大きさの神社にしては、本殿がよく出来ているような。これって神宮遷宮の古材かな?屋根は檜皮葺じゃないけど(海風で痛むからかも)

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玉垣に神紋らしきものがあったので、太一についてはWiki参照で。

この神社の少し南に、外宮を祭る神社もありました。

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西之口神明社(愛知県常滑市西之口)
内宮御祭宮社から南を望み、木々がこんもりしたところが神明社。 ...続きを見る
あらいのじかん〜神社と朱印、ときどき猫と...
2008/08/24 17:52

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
伊勢神宮の木だよ
するどい
2008/10/12 03:23
>するどいさん
やはり遷宮の払い下げですか。
この大きさは摂末社のどれかでしょうね。
新井
2008/10/14 21:43

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