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知多半島道路から中部国際空港へ行く知多横断道路(セントレアライン)沿いに鎮座、していたのですが土地区画整理事業により遷座してしまいました。神社の周囲はまだ宅地もまばらです。 ズームすると旧地に名前が残っています。 道路からして真新しい感。 入口脇にイメージ図。鳥瞰図だっけ? 拝殿から社務所。 新しい社もまたよし。 社頭由緒。きれいに撮れたので。 神社名:海椙神社 鎮座地:愛知県常滑市森西町三丁目29番 御祭神:建速須佐之男命、相殿・皇大神宮、蛭子神、高龗神 創建:大同元年(806年) 神紋:右三つ巴 社格:旧郷社 例祭:4月第一土・日曜日 海椙は「うすぎ」と読みます。 高龗神は「タカオカミ」。正確には雨かんむりに龍の字ですが表記できないので。 【由緒】 当神社の始まりは、言い伝えによれば、大同元年(西暦八〇六年)と伝えられ(神社遷宮史による)その後延喜三年(同九〇三年)に祇園の牛頭天王(須佐之男命)を、祀らば悪疫収まらん」との、神のご託宣が降り、古字池田山の地に新殿を建立しました。 その後は、海の守り神としてまた、災害の守り神として住民から深く崇敬され、現在は本殿に建速須佐之男命を、相殿に皇大神宮と蛭子神と高龗神を合祀しております。 社歴も千二百年と古く、また社格も旧「郷社」であります。また、社名も古くは「海洲鬼神社」と称したが、文政十四年(同一八三一年)許可を得て、海椙神社と改称しました 平成十九年十月八日、常滑多屋土地区画整理事業により、長年鎮座した森西町の地より現在地に遷座したものであります。 【社頭由緒より転載】 常滑焼で歴史のあるこの地方ですから、古い神社があると思ってましたけど、遷座前に来ておきたかった。 この近くには鬼崎中や鬼崎榎戸漁港など、旧社名の名残が少し残っています。町名には残ってないようですが、鬼という字を避けられたのかもしれません。 【追記】 大同3年(806)、伊勢内宮より勧請し創建、当時の御祭神は皇大神宮、蛭子神。 のち延喜3年(903)に悪疫が流行、「牛頭天王を祀らば悪疫収まらん」とのご神託により、祇園牛頭天王並びに蛇毒気神を勧請、牛頭天王を主祭神としたという。 稲荷社。さっぱり。 移転前の旧蛭子・蛇毒気神神殿をそのまま転用。 三楠八幡神社。サンクス? 移転前の旧本殿とのこと。 本殿と八幡社の間に合殿と、遷座時に行った御木曳き台車。 【合殿】(左から) 多賀社 住吉社 天神社 秋葉社 金刀比羅社 池鯉鮒社 御鍬社 山神社 山神八幡合祀 拝殿前の立て札にあった授与品一覧に御朱印もありましたが、社務所は無人で頂けませんでした。 なので“朱印”タグ付いてますが画像はありません。 |
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