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zoom RSS 石仏白山社(名古屋市昭和区)

<<   作成日時 : 2008/12/12 20:32   >>

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富部神社付近から北へ通る塩付街道、の跡。それを辿っていく途中の石仏町にあるのが白山社。

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境内はやや縦長、町内社によくあるコンパクトな佇まいです。

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小さいながらも各種社殿はしっかりした造り。

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蕃塀の裏からこちらの様子を窺う。てゆーか吼えられてます。

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神社名:白山社
鎮座地:愛知県名古屋市昭和区石仏町1-71
御祭神:菊理姫命
創建:貞享年間(1684〜)
社格:旧村社
例祭:10月1日

 さて、塩付街道を北上すると石仏(いしぼとけ)という由緒のありそうな地区に達する。塩付街道の西側に面して「石仏白山社」があり、その西隣は曹洞宗の「善昌寺」である。白山社は、元は善昌寺の境内にあったが、明治維新の神仏分離令により善昌寺から分離され、同寺の鎮守社となった。
 戦国時代の終わり頃、尾張の守護代織田信秀が那古野城の修築で城壁の石を村々に求めた時、この地域に大きな自然石があり石工に命じて鎚を打たせたところ、石より火を発して石工は失明してしまったという。苦しみ悩んだ石工が加賀国白山から来たという老僧の教えを受け、千手千眼の神呪を唱え、2年間石地蔵を彫り続けたところ奇跡が起き、目が治った。石工は喜びのあまり出家して慈雲と名のり、かたわらに庵をつくり石地蔵(石仏観音)を祀った。というのが「石仏」の地名の由来であるそうだ。
 その後、江戸時代になって、千山和尚が寺を興し、慈雲山善昌寺と名づけた。善昌寺の名は、この地が服部総一郎善昌の隠居地であったことから名づけられたそうだ。ただ、「尾張志」には、善昌の子が幼少より出家して鑑宗といい、慶長13年(1608)お堂を建立し、父の名をもって寺号としたとも記されている。
名古屋なんでも情報さんより無断転載】

名古屋市昭和区石仏町1丁目にある白山社は、元は善昌寺の境内にあったが、明治維新の神仏分離により善昌寺から分離され、同寺の鎮守社となった。祭神は菊理姫命(くくりひめのみこと)で、貞享年間(1684〜87)に服部総一郎善昌が加賀国白山の「山神」を勧請したといわれる。社殿は前方後円墳の後円部分に建てられている。ご神体はなく、昭和になって神剣として太刀一振りが奉納された。境内には「延宝八庚申」と刻まれた御手洗石や江戸時代に使われたという力石が3個残っている。
蕃塀マニアさんより無断転載】


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その由緒にある善昌寺。白山社より何倍も広そうです。

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本殿左手奥に境内社、津島社、秋葉社、兒子宮、鹽竈社、山神社、金刀比羅社。

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靖国の榊、と書いてあります。それより後ろの社務所の床下に積まれた瓦が気になったり。

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石仏白山社御朱印。おばあさまに頂きました。

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